高齢者型の腸内細菌叢が加齢性疾患を促進させる可能性を確認

~科学雑誌『Gut Microbes』掲載~ 森永乳業は、 健康な日本人の腸内細菌叢の基礎的な研究に長年取り組んでおります。

健常者の腸内細菌叢は加齢に伴って変化することが知られていますが、 そのバランスと実年齢は必ずしも一致しておらず、

高齢者にも成人と類似した腸内環境を有している方が一定数存在しています。

今回、 腸内細菌叢が年齢相応の高齢者(高齢者型)と、 実年齢よりも若い高齢者(成人型)との比較を行いました。 その結果、

高齢者型の腸内細菌叢を有する高齢者群では、 動脈硬化症などの加齢性疾患のリスクに関連する代謝産物や、 腸管バリア機能を減弱させる代謝産物が多いことが分かり、

腸内細菌叢が老化することで全身性の加齢性疾患のリスクが上昇する可能性が示唆されました。 本研究から、

腸内細菌叢を若く保つことが加齢に伴う疾患の予防(またはリスク低減)に有用であると考えられます。

なお、 本研究成果は、 科学雑誌「Gut Microbes」(※1)に2021年1月12日に掲載されました。 <研究背景と目的>

当社は、 育児用ミルクを開発する過程で乳児の腸内細菌叢に着目し、 腸内細菌に関する研究を50年以上前から行っています。

2016年に公開された当社の基礎研究結果(※2)では、 健康な日本人の腸内細菌叢の加齢に伴う変化を解析したところ、

特に60~70歳代以降にビフィズス菌の減少や大腸菌等の増加が顕著となり、 高齢者型の腸内細菌叢構成になる健常者が多いことを報告しました。 当時の研究では、

その中に成人と類似した腸内細菌叢を有している高齢者の方や、 逆に高齢者型の腸内細菌叢を有する成人の方などが含まれていることも見出していました。 しかし、

このような年齢と一致しない腸内細菌叢を有することが、 健康にどのような影響を及ぼすかについては、 分かっていなかったため、 本研究では、

年齢相応の高齢者型の腸内細菌叢を持つ高齢者と、 年齢よりも若い成人型の腸内細菌叢を持つ高齢者との2群間で、 腸内の代謝産物を比較解析しました。

PDFはこちら

https://prtimes.jp/a/?f=d21580-20210312-2132.pdf

<研究内容>

研究方法

・日本国内に在住している健康な0歳児から104歳までの計453名から糞便を提供いただき、 腸内細菌叢を解

析しました。

・その対象者の中から、 60歳から85歳の高齢者32名を抽出し、 質量分析法のひとつである

capillary electrophoresis time-of-flight mass spectrometry (CE-TOF-MS)

(※3)を用いて糞便中の水溶性代

謝産物を解析しました。

<研究結果>

加齢に伴う腸内細菌叢の変化は、 加齢性疾患に関連する代謝産物の産生に影響する

0歳から104歳の453名の被験者を腸内細菌の構成の特徴に基づいて分類したところ、 6つのクラスター(クラスター1~6)に分けることができました。

図1に示すように、 各クラスターに含まれる被験者の年齢を調べると、 6つのクラスターは年齢に依存したクラスターであることが分かりました。

これまでの報告と同じように、 年齢よりも若い世代の腸内細菌叢クラスターに分類される高齢者が一部確認されました。 そこで、

クラスター6から高齢者型の腸内細菌叢を持つ高齢者16名(高齢者型群)と、 クラスター3、 4から成人型の腸内細菌叢を持つ高齢者16名(成人型群)を選抜しました。

図1. 0歳-104歳の日本人453名の腸内細菌叢解析(主座標分析)

1つの点が被験者1名を表す。 白点は本研究で解析した高齢者32名を示す。

クラスター3、 4から成人型 16名、 クラスター6から高齢者型 16名をそれぞれ選別。

()内の数字は各クラスターに含まれる被験者年齢の中央値。

成人型群と高齢者型群で実年齢に有意差なし。

選別した成人型群と高齢者型群の2群間(計32名)において、 糞便中の水溶性代謝産物を比較したところ、 8種類の代謝産物に有意な差が観察されました。

興味深いことに、 動脈硬化症、

大腸がんなどの加齢性疾患との関連性が報告されているトリメチルアミン(Trimethylamine)(※4)やN8-アセチルスペルミジン(N8-Acetylspermidine)(※5)が高齢者型群の腸内で多く、

成人型群の腸内では産生が低く抑えられていることが分かりました。 一方で、 成人型群の腸内で多い代謝産物として胆汁酸のコール酸(Cholic

acid)(※6)が検出されました(図2)。

さらに、 代謝産物の産生に関係する腸内細菌を調べるため各代謝産物と腸内細菌種の相関解析を行ったところ、

高齢者型群の腸内で増加する大腸菌群を含むプロテオバクテリア門(※7)の腸内細菌と、 トリメチルアミン産生との間に有意な正の相関関係が見つかりました。 実際、

プロテオバクテリア門の腸内細菌はトリメチルアミンの産生遺伝子を持つことが報告されています。 よって、 高齢者型の腸内で、

プロテオバクテリア門の腸内細菌が増加することが、 トリメチルアミン産生を促進する要因の1つである可能性が考えられます。

図2. 糞便中の代謝産物の比較

次に、 2群間で有意差が見出された代謝産物のヒト腸管上皮細胞へ与える影響を調べるため、 大腸上皮の初代培養細胞(※8)(HCoEpiC細胞)に添加したところ、

高齢者型群の腸内代謝産物は、 claudin4やoccludinなどの腸管上皮バリア機能(※9)に関わる遺伝子の発現を抑制しました。 このことから、

高齢者型群の腸内環境では腸管バリア機能が減弱し、 リーキーガット(腸管壁浸漏)(※10)が誘導されやすくなっている可能性が考えられました。 逆に、

成人型群の腸内代謝産物(コール酸)は、 これらの遺伝子の発現を上昇させたことから、 腸管バリア機能を向上させる作用を有することが示唆されました(図3)

図3.腸内代謝産物による腸管上皮バリア関連遺伝子の発現変化(*, **は有意差あり)

<まとめ>

本研究では、 腸内細菌叢の構成に基づいた群分けを用い、 高齢者型群の腸内において加齢性疾患のリスクを上昇させる代謝産物や、

腸管バリア機能を減弱させる代謝産物が多く産生されていることを見出し、

腸内細菌叢が老化すると全身性の加齢性疾患の発症リスクの上昇に繋がる可能性を示すことができました。 同時に、 本研究結果は、

腸内細菌叢を若い状態で保つことが加齢に伴う疾患の発症リスクを低減させる有効な方法となることを示しております。

先に述べたとおり、 高齢者型の腸内でプロテオバクテリア門の腸内細菌が増加することが、 トリメチルアミン産生を促進する要因となる可能性が示されました。 一方で、

トリメチルアミンは、 肝臓における胆汁酸合成(コール酸)を抑制することが分かっています。 これらのことから、 プロテオバクテリア門の腸内細菌を阻害し、

トリメチルアミン産生を抑制することができれば、 肝臓での胆汁酸の合成が促進され、 成人型の腸内環境を維持することに繋がるのではないかと考えられます。

今後は、 本研究から得られた腸内代謝産物を一つの指標とし、 成人型の腸内細菌が好むプレバイオティクスなどの食品素材の開発や、

生活習慣の改善などの具体的な腸内細菌の制御方法の開発に応用してまいります。

森永乳業では、 今後も継続してヒトの健康維持における腸内細菌及び腸内環境の制御方法や、 その重要性について、 さまざまな観点から研究を続けてまいります。

※1 論文タイトル

Enriched metabolites that potentially promote age-associated diseases in

subjects with an elderly-type gut microbiota. Gut Microbes. 13(1):1-11 (2021)

※2 出典

Age-related changes in gut microbiota composition from newborn to centenarian: A

cross-sectional study.BMC Microbiol. 16:90 (2016)

※3 capillary electrophoresis time-of-flight mass spectrometry (CE-TOF-MS)

キャピラリー電気泳動装置(capillary electrophoresis)を飛行時間型質量分析計(time-of-flight mass

spectrometry)に接続した分析装置。

各物質の[電荷]/[イオン半径]の比に基づいて分離し,質量分析装置により各物質の質量を測定することで物質の同定や定量を行う。

※4 トリメチルアミンTrimethylamine,TMA)

食品中に含まれるレシチン(コリン)やカルニチンが一部の腸内細菌によりトリメチルアミンに代謝され、

さらに肝臓において宿主由来酵素によりTrimethylamine N-oxide (TMAO)へと代謝され、

これがアテローム性動脈硬化などの心血管疾患の発症と関係しているとする報告がある。 また、 近年、

TMAOはアルツハイマー病やパーキンソン病患者で増加していることが報告されており、 認知機能の低下への関与が示唆されている。

※5 N8-アセチルスペルミジン(N8-Acetylspermidine)

ポリアミン代謝物の一種。 ポリアミン(プトレシン、 スペルミジン、 スペルミン)には多様な機能性が報告されているが、

アセチル化などの修飾を受けることで生理活性が変化すると考えられている。 アセチルスペルミジンは古くからがん患者で高値になっていることが報告されている。

※6 コール酸(Cholic acid)

肝臓でコレステロールから代謝され、 胆汁に多く含まれる胆汁酸の一つ。 腸内に分泌された胆汁酸は腸内細菌による修飾・代謝(抱合型・非抱合型、

一次・二次胆汁酸)を受けることから、 腸内細菌叢が胆汁酸の構成に大きな影響を及ぼす。 胆汁酸の役割として、 食物脂肪の吸収促進以外に、 近年、

エネルギー代謝を制御する機能が明らかにされ、 代謝性疾患の新たな治療方法として胆汁酸の制御に注目が集まっている。

※7 プロテオバクテリア門

腸内細菌の分類群のひとつ。 リポ多糖(lipopolysaccharide, LPS)からなる外膜を持つグラム陰性菌。 大腸菌、 サルモネラ、

ヘリコバクターなど病原性や炎症を引き起こす細菌が多く含まれる。

※8 初代培養細胞

生体の組織や器官から直接取り出し、 培養された細胞。 ほとんどは限られた細胞分裂寿命を持ち、 有限回数の細胞分裂の後に増殖が停止する。

不死化された細胞株に比べ生体内の性質的変化が少なく、 生理学的により正確である。

※9 腸管バリア機能

腸管上皮細胞による病原体などの侵入を防ぐバリア機能。 腸管上皮細胞による堅牢な細胞間接着は、 外来微生物に対する物理的なバリアとして機能する。

さらにムチン層の形成や抗菌ペプチドの分泌などを介して、 宿主防御の役割を果たしている。

※10 リーキーガット(腸管壁浸漏)

腸管バリア機能の低下により腸管壁の透過性が上昇することで、 管腔内の未消化物、 老廃物、 微生物成分などが生体内に漏れ出す状態。 さらに、

これらの物質が血流に入ることで全身に運ばれ、 炎症を引き起こすことで自己免疫疾患やアレルギー、 感染症など多くの疾病の発症や悪化を促進すると考えられている。