女性アスリートの遺伝的なケガのリスクが明らかに

肉離れしにくい選手は疲労骨折しやすい? ~ 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の宮本恵里助教、 福典之先任准教授らの研究グループは、

2000名以上のアスリートを対象とした調査・解析により、 遺伝的に肉離れしにくい女性アスリートは疲労骨折のリスクが高いことを発見しました。 本研究により、

I型コラーゲンα1鎖(*1)遺伝子多型*2(rs1107946, A/C)のCC型とAC型は、 骨密度が低く疲労骨折のリスクが高い一方、

筋は軟らかく肉離れ等の筋傷害のリスクが低いこと(AA型の場合はその逆であること)が明らかとなりました。 また、

そのメカニズムとしてI型コラーゲンの組成の違いが関与している可能性が示されました。 本成果は、

アスリートにおける疲労骨折と肉離れの受傷リスクが相反する関係にあることを初めて示した研究であり、

個人の遺伝的体質を考慮したスポーツ外傷・障害予防法構築への貢献が期待されます。 本論文はMedicine & Science in Sports &

Exercise誌のオンライン版に2021年3月12日付で公開されました。 本研究成果のポイント * 2000名以上のアスリートを対象とし、

ケガの遺伝要因に関する大規模な調査・解析を行った

*

女性アスリートにおけるI型コラーゲンα1鎖遺伝子A/C多型のCC型とAC型は、 骨密度が低く疲労骨折のリスクが高い一方、

筋は軟らかく筋傷害のリスクは低い(AA型はその逆)

*

個人の遺伝的体質に合わせたスポーツ外傷・障害予防法確立への貢献に期待

背景

スポーツ外傷・障害の予防は、 アスリートが充実した競技生活を送るために極めて重要な課題です。 特に疲労骨折や肉離れはアスリートにおいて受傷率が高く、

その要因として疲労骨折には骨密度が、 肉離れには筋の硬さが関係しています。 なかでもI型コラーゲンは骨組織の主要な構成要素であると同時に、

筋の硬さを決定する主要な要素であることから、 I型コラーゲンの量的・質的な差異が、

骨密度や筋の硬さに影響を及ぼすことでアスリートの疲労骨折や筋傷害の受傷リスクに影響している可能性が考えられました。 一方で、

これまで詳細な解析は行われてこなかったことから、 本研究では、 I型コラーゲンα1鎖遺伝子の発現調節領域に存在する多型(rs1107946, A/C)と、

骨密度や筋の硬さ、 および、 アスリートの疲労骨折や筋傷害受傷との関係を明らかにすることを目的に調査・解析を行いました。

内容

本研究では、 1667名の日本人アスリートおよび順天堂大学体格体力累加測定研究(J-Fit+ Study)*3に参加した508名の順大生アスリートを対象に、

疲労骨折および肉離れ等の筋傷害の受傷歴と、 唾液から得られたDNAをもとに解析したI型コラーゲンα1鎖遺伝子多型(rs1107946,

A/C)の関連を調査しました。 その結果、 CC型とAC型の女性アスリートでは、 疲労骨折の受傷歴を有する人が多く(17.8%) 、

筋傷害の受傷歴を有する人は少ない(9.9%)こと、 逆にAA型の女性アスリートでは、 疲労骨折の受傷歴を有する人が少なく(9.0%) 、

筋傷害の受傷歴を有する人は多い(18.6%)ことがわかりました。 この結果は、 疲労骨折に対してはCC型やAC型がリスクとなり、

筋傷害に対してはAA型がリスクとなることを示しています。 次に、 この遺伝子多型と骨や筋の組織特性との関連を検討した結果、 CC型やAC型の女性は骨密度が低く、

筋が軟らかいこと、 一方でAA型の女性は骨密度が高く、 筋が硬いことを認めました(図1) 。 なお、 男性においては、

I型コラーゲンα1鎖遺伝子多型と外傷・障害や組織特性との関連は認められませんでした。図1:本研究で明らかとなったI型コラーゲンα1鎖遺伝子多型と疲労骨折、

筋傷害の関連

図1:本研究で明らかとなったI型コラーゲンα1鎖遺伝子多型と疲労骨折、 筋傷害の関連

さらにメカニズムを検討するため、 ヒトの骨格筋で詳細な分析を行った結果、 CC型やAC型を有する人の骨格筋ではI型コラーゲンα1鎖の遺伝子発現レベルが高く、

I型コラーゲン分子を構成するα1鎖とα2鎖の比(α1/α2)が高いことがわかりました。 α1鎖とα2鎖の比が高いことは、

通常2本のα1鎖と1本のα2鎖から成るヘテロトリマー(*4)として存在するI型コラーゲンが、

3本のα1鎖から成るホモトリマー*4の形で組織中に存在することを示唆しています。

以上の結果から、 I型コラーゲンα1鎖遺伝子多型のCC型やAC型を有すると、 I型コラーゲンの組成の違いにより、 骨密度が低く筋が軟らかいこと、 その結果、

女性アスリートにおける筋傷害のリスクは低い一方で、 疲労骨折のリスクは高いことが明らかとなりました。

今後の展開

近年、 スポーツ外傷・障害の受傷リスクと関連する遺伝子多型が同定されつつありますが、

その遺伝子多型による受傷メカニズムについてはほとんど検討されていないのが現状です。 本研究では、

遺伝要因が骨密度や筋の硬さといった組織の特性を介してスポーツ外傷・障害の受傷リスクに影響することを明らかにしました。 このことにより、

組織の特性をターゲットとした新たな予防法の開発につながる可能性があります。 また、

個人の遺伝的体質によるスポーツ外傷・障害受傷リスクの高低を組織別に事前に把握することができれば、 アスリートはより効率的に予防策を講じることが可能となります。

今後さらに他の遺伝要因も明らかにすることにより、 個人の遺伝的体質と競技特性を総合的に考慮したスポーツ外傷・障害予防法の構築を目指します。

用語解説

*1 I型コラーゲンα1鎖: I型コラーゲン分子を構成するポリペプチド鎖の一つ。 I型コラーゲンは3本のα鎖から成る3本鎖らせん構造を有しており、

通常2本のα1鎖と1本のα2鎖から成るヘテロトリマーとして存在する。

*2 遺伝子多型: 遺伝子を構成しているDNA配列の個体差のこと。

*3 体格体力累加測定研究(J-Fit+ Study) : 順天堂大学スポーツ健康科学部では、

同学部の全学生(1年生~4年生)を対象とした体格・体力の測定を1969年から毎年実施し、 スポーツ系大学生の基礎体力および形態データを蓄積している。

2016年からは順天堂大学体格体力累加測定研究(Juntendo Fitness Plus Study、 略称J-Fit+ Study)として位置づけ、

青年期の体格・体力、 運動・スポーツ実施、 ケガの経験や遺伝情報などと成人期以降の健康やスポーツキャリアの関連性について、

蓄積データを活用した研究を進めている。

*4 ヘテロトリマー・ホモトリマー: コラーゲン分子を構成する3本のα鎖が、 異なる種類のα鎖で構成される場合をヘテロトリマーと呼び、

同一のα鎖から成るものをホモトリマーと呼ぶ。

原著論文

本研究はMedicine & Science in Sports & Exercise誌のオンライン版で(2021年3月12日付)先行公開されました。

タイトル: Female athletes genetically susceptible to fatigue fracture are resistant

to muscle injury: Potential role of COL1A1 variant

タイトル(日本語訳): 遺伝的に疲労骨折の易受傷性を有する女性アスリートは筋傷害に抵抗性を有する:COL1A1遺伝子多型の役割

著者: Eri Miyamoto-Mikami, Hiroshi Kumagai, Kumpei Tanisawa, Yuki Taga, Kosuke

Hirata, Naoki Kikuchi, Nobuhiro Kamiya, Ryoko Kawakami, Taishi Midorikawa,

Takuji Kawamura, Ryo Kakigi, Toshiharu Natsume, Hirofumi Zempo, Koya Suzuki,

Yoshimitsu Kohmura, Kazunori Mizuno, Suguru Torii, Shizuo Sakamoto, Koichiro

Oka, Mitsuru Higuchi, Hisashi Naito, Naokazu Miyamoto, Noriyuki Fuku

著者(日本語表記): 宮本(三上)恵里1)、 熊谷仁1)、 谷澤薫平2)、 多賀祐喜3)、 平田浩祐4)、 菊池直樹5)、 神谷宣広6)、 川上諒子2)、

緑川泰史2)、 河村拓史2)、 柿木亮7)、 棗寿喜1)、 膳法浩史1),8)、 鈴木宏哉1)、 河村剛光1)、 水野一乘3)、 鳥居俊2)、 坂本静男2)、

岡浩一朗2)、 樋口満2)、 内藤久士1)、 宮本直和1)、 福典之1)

著者所属:1)順天堂大学、 2)早稲田大学、 3)株式会社ニッピ・バイオマトリックス研究所、 4)芝浦工業大学、 5)日本体育大学、 6)天理大学、

7)城西国際大学、 8)東京聖栄大学

DOI: 10.1249/MSS.0000000000002658

本研究はJSPS科研費JP18H03155, JP16H03233, JP17H04752,

JP18K17863および文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。 なお、

本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。