低出生体重児に早期投与したプロバイオティクスが長期的に腸管内に定着

~持続的な腸内細菌叢の改善に寄与する可能性~ 順天堂大学大学院医学研究科小児思春期発達・病態学の清水俊明 教授らの研究グループは、 新生児集中治療室(以下、

NICU)に入院した低出生体重児*1に早期投与したプロバイオティクスが、 腸管内に長期的に定着することを明らかにしました。 本研究では、

低出生体重児の出生から退院時までプロバイオティクス*2としてビフィズス菌M-16V*3を投与し、 投与終了から数週間経過後の糞便を解析した結果、

ビフィズス菌M-16Vが腸管内に数週間定着し、 腸内細菌叢において、 ビフィズス菌が属するアクチノバクテリア門細菌*4の占有率が高く、

大腸菌などが属するプロテオバクテリア門細菌*5の占有率が低いことが示されました。 出生後早期に投与したビフィズス菌が、 長期的に定着することと、

腸内細菌叢の改善が認められたこの成果は、 将来多くの乳幼児の健康につながる重要な知見で、 持続的な腸内細菌叢の改善に寄与する可能性があります。

本研究は、 国際学術誌 Frontiers in Microbiology に掲載されました。 本研究成果のポイント

NICUに入院した低出生体重児に、 生後から退院時まで(4~20週間)ビフィズス菌M-16Vを投与したところ、 * 投与したビフィズス菌M-16Vが、

投与終了から数週間(最大9週間)経過後も腸管内に定着していた。

*

ビフィズス菌M-16Vを投与していないコントロール群と比較して、 投与終了から数週間経過後の腸内細菌叢に占める、

アクチノバクテリア門細菌(ビフィズス菌が属する)の割合が高く、 プロテオバクテリア門細菌(大腸菌などが属する)の割合が低かった。

背景

腸内細菌叢は、 さまざまな全身性疾患と関連性があることが知られています。 さらに、 乳児期の腸内細菌叢が生涯の健康状態にまで影響を及ぼすとの報告があり、

生後直ちに始まる腸内細菌叢の形成が、 将来の健康を左右する重要な出来事であることが徐々に明らかになってきています。

乳児期の腸内細菌叢において優勢なビフィズス菌は、 ヒトに対してさまざまな生理作用を示すことが報告されており、 感染防御や免疫の発達に関与するなど、

乳児の健康に大きく貢献していると考えられています。 低出生体重児の腸内細菌叢は、 正出生体重児*6と比較してビフィズス菌が少ないなどの特徴が認められ、

その特徴が感染症や壊死性腸炎(以下、 NEC)*7の罹患リスクを高める一因とも考えられています。 以上のようなことを背景に、

低出生体重児の疾患リスク低減を目的として、 プロバイオティクスであるビフィズス菌の投与が多くの施設で行われていますが、

その腸管内への定着性や長期的な腸内細菌叢への影響についてはあまり明らかにされていません。 そこで今回研究グループは、

ビフィズス菌M-16Vを低出生体重児に投与し、 その腸管内への定着性や腸内細菌叢への影響について調査しました。

内容

NICUに入院した低出生体重児12名(ビフィズス菌M-16V群)に、 出生から退院まで(4~20週間)ビフィズス菌M-16Vを投与し、

退院から数週間(3~9週間)経過後に糞便を採取しました。 コントロール群として、 ビフィズス菌M-16Vを投与していない低出生体重児10名についても、

NICU退院から数週間(2~6週間)経過後に糞便を採取しました(図1)。

採取した糞便から細菌由来のDNAを抽出し、 リアルタイム定量PCR法*8を用いてビフィズス菌M-16Vの菌数を測定しました。 その結果、

ビフィズス菌M-16V群の12名中10名から、 ビフィズス菌M-16Vが検出されました(図2)。 また、

次世代シーケンサー*9を用いて糞便中の細菌叢解析を行ったところ、 ビフィズス菌M-16V群とコントロール群で腸内細菌叢バランスが大きく異なっていました。

具体的にビフィズス菌M-16V群では、 ビフィズス菌が属するアクチノバクテリア門細菌の割合が高く、

一方でNECとの関連性が複数報告されているプロテオバクテリア門細菌の割合が低いことが示されました(図3)。

以上の結果から、 投与終了から数週間経過後においてもビフィズス菌M-16Vは腸管内に定着していること、 そして腸内細菌叢の改善が認められました。

今後の展開

現在、 順天堂大学医学部附属順天堂医院のNICUでは、 感染症などの疾患リスク低減のため、 入院患児にビフィズス菌M-16Vを継続的に投与しています。 今回、

投与したビフィズス菌M-16Vが、 投与終了から数週間経過しても、 腸管内に定着していること、 および腸内細菌叢の改善が認められたことから、

早期のビフィズス菌M-16V投与が、 入院中だけでなく、 投与が終了した退院後においても、 乳幼児の健康に貢献している可能性を示しています。 今後、

早期のビフィズス菌M-16V投与が将来の健康へ及ぼすより長期的な影響についてさらなる解析を進めることで、 さらに多くの乳幼児の健康につながることが期待されます。

図1.試験スケジュール

図2.投与終了から数週間経過後に糞便から検出されたビフィズス菌M-16Vの菌数

ビフィズス菌M-16V群において、 12 名中10名からビフィズス菌M-16Vが検出された。 検出限界;106細胞数 / g糞便、

**;ビフィズス菌M-16V群とコントロール群で菌数に有意差があることを示す。

図3.投与終了から数週間経過後における腸内細菌叢構成

両群で平均占有率1%以上の門について、 その平均値を示した。 ビフィズス菌M-16V群では、 コントロール群と比較してアクチノバクテリア門の占有率が有意に高く、

プロテオバクテリア門の占有率は有意に低かった。 **;ビフィズス菌M-16V群とコントロール群との間で占有率に有意差があることを示す。

このように投与終了から数週間経過後において腸内細菌叢の改善が認められた。

【用語解説】

*1 低出生体重児

生まれた時の体重が2500g未満の新生児を指す。 在胎22週0日~36週6日の間に出生した早産児や多胎児の場合に低出生体重児となる可能性が高く、

現在日本では約10人に1人が低出生体重児とされる。 出生前後の疾患リスクが正常児よりも高いため、 医療的ケアが必要となる場合が多い。

*2 プロバイオティクス

プロバイオティクスの定義としては「腸内細菌叢のバランスを改善することにより人の健康に有益な影響をもたらす生きた微生物」が広く受け入れられている。

その代表的なものにビフィズス菌や乳酸菌がある。

*3 ビフィズス菌M-16V(Bifidobacterium breve M-16V)

健康な乳児から単離されたビフィズス菌ブレーベ種(Bifidobacterium breve)で、 森永乳業株式会社のプロバイオティクスのひとつ。 これまでに、

低出生体重児において、 腸内細菌叢の形成促進、 感染症発症の抑制、 壊死性腸炎発症リスク低減、 経腸栄養の早期確立、 入院期間の短縮などの作用が示されている。

これまでに全国150以上の施設に提供され、 新生児などへの投与が行われている。

*4 アクチノバクテリア門細菌

腸内細菌の分類群のひとつ。 ヒトの腸内におけるこの門の細菌の多くはビフィズス菌(Bifidobacterium属)である。

一般的に離乳前の乳児腸内にはビフィズス菌が非常に多く存在し、 この門が最優勢となる。

*5 プロテオバクテリア門細菌

腸内細菌の分類群のひとつ。 リポ多糖(lipopolysaccharide, LPS)からなる外膜を持つグラム陰性菌。 大腸菌、 サルモネラ、

ヘリコバクターなど病原性や炎症を引き起こす細菌が多く含まれる。

*6 正出生体重児

生まれた時の体重が2500g以上、 4000g未満の新生児を指す。

*7 壊死性腸炎(necrotizing enterocolitis, NEC)

腸への血液の流れが障害され、 それに細菌などの感染が加わることにより腸が壊死する疾患。 一般的には新生児、 特に腸管が未熟な低出生体重児での発症リスクが高い。

*8 リアルタイム定量PCR

PCR法は特定の塩基配列を酵素反応により増幅する方法であり、 リアルタイム定量PCRはPCRによる増幅反応をリアルタイムにモニタリングし、

検体中に存在する特定の塩基配列を有するDNAの量を定量的に測定する方法である。

*9 次世代シーケンサー

1回に数千万から数億のDNA断片について大量並列に処理する能力を備えており、 複雑な腸内細菌の遺伝子配列などを網羅的に解析することが可能な装置。

*10 ファーミキューテス門

腸内細菌の分類群のひとつ。 クロストリジウム菌や乳酸菌のグループが含まれる。

【原著論文】

本研究は、 Frontiers in Microbiologyに2021年4月7日付で掲載されました。

タイトル:Colonization of Supplemented Bifidobacterium breve M-16V in Low Birth

Weight Infants and Its Effects on Their Gut Microbiota Weeks Post-administration

タイトル(日本語表記):低出生体重児に投与したビフィズス菌M-16Vの、 投与終了から数週間経過後における、 腸管内への定着性と腸内細菌叢への影響

著者:Ayako Horigome, Ken Hisata, Toshitaka Odamaki, Noriyuki Iwabuchi, Jin-Zhong

Xiao, Toshiaki Shimizu

著者(日本語表記):堀米綾子2、 久田研1、 小田巻俊孝2、 岩淵紀介3、 清水金忠2、 清水俊明1

所属:1順天堂大学医学部小児科、 2森永乳業株式会社 研究本部 基礎研究所、 3森永乳業株式会社 研究本部 素材応用研究所

DOI:10.3389/fmicb.2021.610080

リンク先:

https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2021.610080/full

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