職場での不妊治療関連のハラスメントの要因を調査

職場でのサポート体制の整備と不妊治療に関する啓発活動の両立が重要 順天堂大学大学院医学研究科公衆衛生学の植田結人 大学院生、 遠藤源樹 非常勤講師、 谷川武

主任教授らと産婦人科学講座 黒田恵司 非常勤講師、 竹田省 特任教授、 板倉敦夫 教授、 田中温 客員教授、 佐藤雄一 非常勤講師らの共同研究グループは、

国内で不妊治療専門の医療機関の外来を受診した女性患者を対象として、 不妊治療と就労の両立に関する大規模疫学研究(J-FEMA Study :

Japan-Female Employment and Mental health in Assisted reproductive

technology)を実施しました。 その結果、 不妊治療中に職場で不妊治療関連のハラスメントを経験した女性は、 7.4%にのぼり、

その要因として「体外受精の回数が多いこと」、 「職場に不妊治療をしていることを伝えていること」が関連していることが明らかになりました。 本調査結果は、

不妊治療関連のハラスメントの予防と解決に繋がり、 不妊治療と就労の両立に資することが期待されます。 本研究は、 産業医学の国際誌「International

Archives of Occupational and Environmental Health」に掲載されました。

<調査概要> * 調査期間:2018年 8月~12月

* 調査対象:不妊治療専門の医療機関(4施設)の外来を受診した女性

* 調査方法:アンケート調査(1,727名)

<調査結果サマリー> 1. 不妊治療中に職場での不妊治療関連のハラスメントを経験した女性は、 7.4%であった。

2. 不妊治療関連のハラスメントの要因は、 「体外受精の回数が多いこと」「職場に不妊治療をしていることを伝えていること」であった。

3. 職場での不妊治療関連のハラスメントを解決するためには、 不妊治療患者をサポートする職場体制の整備と、

不妊治療への理解を促す啓発活動が重要であると考えられる。

背景と目的

日本国内の出生数は、 過去50年間でおおよそ半減しており、 著しいスピードで減少しています。 (1970年:1,934,239人、

2020年:840,835人)また、 女性の社会進出に伴い、 初婚と初産の年齢が上昇しています。 (初婚:1970年 24.7歳、 2020年 29.4歳、

最初の出産:1970年 25.6歳、 2020年 30.7歳)このような状況の中で、 不妊治療を受ける夫婦の数が増加しています。 加えて、

体外受精の技術が過去数十年で大きく進歩を遂げており、 国内では体外受精の症例数が昨今大きく増加しています。

不妊治療は、 治療が進むにつれて身体的、 心理的、 そしてスケジュールの面でも負担が大きくなっていきます。

特に体外受精を含む生殖補助医療(ART:artificial reproductive technology)は、

個々の月経周期に合わせた頻繁な通院が必要です。 しかしながら、 仕事をしている女性が不妊治療を行ううえで、 職場の理解が得られず、 退職せざるを得なかったり、

解雇やハラスメントを受けることも少なくないと考えられています。

令和2年6月に施行された、 「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」により、

雇用者は職場におけるセクシュアルハラスメントについて、 防止措置を講じることが義務付けられました。 その中で、 業務体制の整備など、

職場における妊娠・出産などに関するハラスメントの原因や、 背景となる要因を解消するために必要な措置を講ずる責務が明記されました。 このことから、

今後ますます職場における不妊治療中の女性へのハラスメント対策が注目されると考えられます。 しかし、

現状では不妊治療中の女性におけるハラスメントに焦点を当てた研究は報告されていません。 そこで、

職場での不妊治療関連のハラスメントの現状とその要因を明らかにすることを目的に調査を実施しました。

結果と考察

不妊治療専門の医療機関(4施設)の外来を受診した就労中の女性(1,103人)にアンケート調査を実施しました。 調査項目は、 年齢、 不妊期間、 体外受精の回数、

学歴、 居住地、 職場規模、 雇用形態、 職場への不妊治療の開示などについて把握し、 不妊治療に関するハラスメントの現状とその要因を抽出しました。 その結果、

不妊治療開始後に82人(7.4%)が不妊治療関連のハラスメントを経験していたことが明らかになりました(図1)。 さらに、

不妊治療関連のハラスメントに影響を与える要因については「体外受精の回数が多いこと」、

「職場に不妊治療をしていることを伝えていること」の2つが関連していることが明らかになりました(図2)。図1 職場での不妊治療関連のハラスメント経験

図1 職場での不妊治療関連のハラスメント経験

図2 職場での不妊治療関連のハラスメント経験の要因

図2 職場での不妊治療関連のハラスメント経験の要因

この結果について、 「体外受精の回数が多いこと」に関しては、 不妊治療に伴う頻回な通院のための欠勤が影響していると考えられました。 体外受精を含むART治療は、

臨床検査のための頻繁な外来診など、 多数の処置を必要とするため、 それにより欠勤が増えることで、

職場の上司や同僚などによるハラスメントを引き起こすと推察されました。

「職場に不妊治療をしていることを伝えていること」に関しては、 不妊治療に対する偏見が影響していると考えられました。

日本では不妊治療に関する知識を得る機会が少なく、 不妊治療への理解が得られていない現状もあることから、

不妊治療に関する何気ない会話がハラスメントにつながっている可能性が考えられました。 さらに、 当事者にとっては職場に不妊治療をしていることを伝えることにより、

偏見などによる悪影響を受ける可能性がある一方、 伝えないと職場でのサポートを受けられないというジレンマがあると言われていることから、

職場の人々が不妊治療に関する正しい知識を習得することと、 職場における不妊症患者をサポートする体制を整備することが必要であると考えられました。

今後に向けてのコメント

令和4年4月より不妊治療が保険適用されたことからも、 不妊治療と就労の両立支援は、 今後も重要性が増していくと考えられます。 本研究により、

「体外受精の回数が多いこと」、 「職場に不妊治療をしていることを伝えていること」が不妊治療関連のハラスメントの要因であることが明らかになりました。

職場での不妊治療関連のハラスメントの問題を改善するためには、 不妊治療休暇制度やフレックスタイム制度など、

不妊治療中の社員をサポートできるような職場体制の整備と、 職場での不妊治療に関する健康教育や啓発活動が重要であると考えられます。

原著論文

本研究は、 ドイツの医学雑誌「International Archives of Occupational and Environmental

Health」のオンライン版 (2022年5月13日付)で公開されました。

英文タイトル:Risk factors for infertility treatment-associated harassment among

working women: a Japan-Female Employment and Mental health in assisted

reproductive technology (J-FEMA) study

日本語訳:日本人女性における、 職場での不妊治療関連のハラスメントのリスクファクター: J-FEMAスタディ

著者: Yuito Ueda1, Motoki Endo1, Keiji Kuroda2, 3, Kiyohide Tomooka1, Yuya Imai1,

Yuko Ikemoto2, Kiyomi Mitsui4, Setsuko Sato1, Atsushi Tanaka5, Rikikazu

Sugiyama3, Koji Nakagawa3, Yuichi Sato6, Yasushi Kuribayashi7, Mari Kitade2,

Atsuo Itakura2, Satoru Takeda2, Takeshi Tanigawa1

所属: 1 順天堂大学大学院医学系研究科公衆衛生学、 2 順天堂大学大学院医学系研究科産婦人科学、 3 杉山産婦人科 新宿 、 4 昭和大学公衆衛生学講座、 5

セントマザー産婦人科医院、 6 高崎ARTクリニック、 7 杉山産婦人科 丸の内

https://doi.org/10.1007/s00420-022-01872-6

本研究はJSPS科研費(JP18K17395)により実施されました。

本研究にご参加、 ご協力いただきました皆様には深謝いたします。