芥川賞作家・滝口悠生が、太平洋戦争末期の激戦地・硫黄島にかつてあった人々の暮らしを描いた長篇小説『水平線』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

芸術選奨文部科学大臣賞の受賞が決まった滝口悠生の『水平線』は、80年前の硫黄島に生きた人々と現代の若者の交流を描く、2020年代を代表する小説のひとつです。

昨年夏に刊行された長篇小説『水平線』が話題となり、 昨年の日本文学の大きな成果の一つとの評価も高い滝口悠生に、

第73回(令和4年度)芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)が贈られます。

芸術の各分野において、 「その年に優れた業績をあげ、 新生面を開いた者」(文化庁HPより)に贈られるこの賞は、 近年も金井美恵子(2018年度、

『カストロの尻』)、 山尾悠子(2019年度、 『飛ぶ孔雀』)、 吉田修一(2019年度、 『国宝』)、 佐伯一麦(2020年度、 『山海記』)など、

文学界を代表するベテラン作家に贈呈されてきました。 2011年に「楽器」で新潮新人賞を受賞しデビューした滝口悠生は、 『愛と人生』で野間文芸新人賞を、

『死んでいない者』で芥川賞を、 そして『水平線』で織田作之助賞を受賞するなど、 着実にキャリアを重ねてきましたが、 今回の41歳での受賞は異例のことです。

歴史を横断し思いを受け継いでゆく私たちの人生を鮮烈に描いた、 現代の日本文学を代表する作品です。 この機会にぜひ手に取ってみてください。

滝口悠生『水平線』新潮社刊

滝口悠生『水平線』新潮社刊

あ の 人 と 私 は 、 海 の 彼 方 で つ な が っ て ル ル ル

激戦地となった硫黄島に生きた人々の言葉が、時を超えて現代に届く。

枝分かれする時間、交差する人生を映し出す長篇小説。

太平洋戦争末期、日米両軍が激闘を繰り広げ、双方に多くの戦死者を出した硫黄島。その悲惨な戦いはイーストウッドの映画などでも知られています。戦後はアメリカ軍が占領を続け、日本に返還された後も、自衛隊が基地を置き、関係者以外の立ち入りは禁止されています。この島が、激戦地となる前は、千人ほどの人々が暮らす平和な土地だったことは、案外知られていません。

『水平線』では、戦争の激化によって全島疎開が行われる前の硫黄島が描かれます。そこには人々の暮らしがあり、語らいがあり、恋がありました。著者のルーツもまた硫黄島にあります。祖父母の世代がこの島の出身で、その歴史を調べる中でこの小説を構想しました。

『水平線』では、硫黄島に生きていた人々と、その子孫であり2020年に生きる兄妹の間に言葉が行き交います。普通では考えられない設定ですが、時間の流れに対するオリジナルな描写とリアリティの積み重ねで、いつしか自然に作品世界に入り込んでしまうでしょう。歴史という太陽が頭上に輝く海で、人生という波にたゆたう物語の愉楽を、ぜひご堪能ください。

■あらすじ

2020年夏、38歳の横多平は、竹芝桟橋から小笠原へ向かう船に乗っている。硫黄島にかつて暮らしていた祖母の妹と名乗る人物から届いたメールがきっかけだった。

「おーい、横多くん。おーーい、横多くーーん」

硫黄島では戦争が激しくなった1944年、全島疎開の命令が出された。横多の祖父母も本土に渡り、伊豆でその生涯を終えた。祖母の妹・皆子も共に本土に移り住んだが、数十年前に蒸発して以来行方不明。だが、横多へのメールでは、今は小笠原にいるという。ライターの仕事を休職し、横多は父島に向かった。

「私は、あなたと、会えることを楽しみにしている」

一方、パン屋で働く横多の妹・来未(くるみ)の元には、同じ頃、祖父の弟・忍と同じ名前の人物から電話がかってくるようになった。

「ああもしもし、くるめちゃん?」

忍は全島疎開の後も軍属として島に残り、その後戦死したと伝えられている。来未は過去に一度、墓参のため硫黄島を自衛隊機で訪れたことがあった。

「くるめちゃんの焼いたパン、食べてみたいなあ」

十代の頃に両親が離婚したことで、平と来未は別々の親に引き取られたが、たまに連絡を取り合っている。パンデミックとオリンピックに翻弄された2020年にどちらも生きていながら、微妙に異なる世界にいる二人。彼らの人生は、過去からの言葉に触れることでまた枝分かれしていく――。

滝口悠生氏

滝口悠生氏

■著者紹介

滝口悠生(たきぐち・ゆうしょう)

一九八二年、東京都八丈島生まれ。埼玉県で育つ。二〇一一年、「楽器」で第四十三回新潮新人賞を受賞し、デビュー。二〇一五年、『愛と人生』で第三十七回野間文芸新人賞を受賞。二〇一六年、「死んでいない者」で第百五十四回芥川龍之介賞を受賞。他の著作に『寝相』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『茄子の輝き』『高架線』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』『長い一日』『ラーメンカレー』『ひとりになること

花をおくるよ』(植本一子氏との共著)など。

『水平線』 滝口悠生著 発売中

四六版ハードカバー 512頁 2750円(税込)

ISBN 978-4-10-335314-0

https://www.shinchosha.co.jp/book/335314/