筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群に対する水素ガス吸入療法

文献調査に基づく有効性の可能性を総説論文として発表

MiZ株式会社は慶應義塾大学の武藤佳恭名誉教授と共同で「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の治療のための医療ガスとしての水素分子:文献調査に基づく有効性の可能性」と題した論文を発表しました。

ME/CFSは強度の疲労感と共に、 微熱、 頭痛、 筋肉痛、 脱力感、 思考力低下などが持続する原因不明の病気で、 現代医療では治療法がありません。

国内の患者数は約8~24万人で、 最近では新型コロナウイルス感染症に罹った後の後遺症もME/CFSの可能性が高いと言われています。 著者らは、

運動負荷を受けた動物や人の疲労を水素が改善した文献調査から、 水素による疲労改善効果にはミトコンドリア(注1)障害の改善効果が関与しており、

この効果はME/CFSの病態も改善する可能性を示しました。

本論文は、 2022年4月11日(欧州時間)に脳神経学に関する国際医学誌「Frontiers in

Neurology」誌(インパクトファクター:4.0)に掲載されました。 なお、 今回の論文とは別に今回の仮説の実証として、

ME/CFSの患者に対する水素ガスの有効性に関する症例報告の論文も査読中です。 ME/CFSに対する治療の現状

ME/CFSは6カ月以上持続する高度の疲労感、 身体を動かした後の極端な消耗、 記憶力障害、 集中力低下、 睡眠障害を主症状とします。 そして、

これらの症状に頭痛、 関節痛、 筋肉痛、 消化器症状、 免疫系異常、 光・音・匂い・化学物質に対する過敏症などが場合により伴う難治性疾患です。

症状の現れ方や重症度は個人差がありますが、 全体的な生活の質や社会的な活動の低下につながり、 中には寝たきりになってしまう患者さんもいます。

近年の解析技術の発展により、 この病気の生物学的異常が報告され、

中でもエネルギー代謝異常の原因となるミトコンドリアの構造や機能の障害がME/CFSの病因の一部として考えられることが多くの文献で報告されています。

日本における患者数は約8~24万人、 米国における患者数は84~250万人と推定されています。

最近、 抗体医薬であるリツキシマブを用いてME/CFSの患者さんに対する臨床試験が行われましたが、 有効性は確認できませんでした。 また、 NADH、

コエンザイムQ10およびL-カルニチンなどのミトコンドリアの機能障害に対する保護効果のある物質の臨床試験も行われましたが、

これらの物質はある程度の効果を示すものの、 その効果は限定的でした。 従って、

これまで対症療法ではなく根治療法となる治療法や新しい治療物質の開発が望まれていました。

水素によるミトコンドリア障害の改善

水素はミトコンドリア内部で多く発生する活性酸素や活性窒素(注2)であるヒドロキシルラジカルやペルオキシナイトライトを選択的に消去し、

ミトコンドリアの障害を保護する効果があります。 水素はこれらの「悪玉分子」に起因したがん、 心血管疾患、 脳神経疾患、 呼吸器疾患、

メタボリックシンドロームなど、 様々な疾患に顕著な治療効果を示します。 水素は優れた拡散性により生体膜を容易に通過しミトコンドリア内部に到達し、

細胞障害から細胞を守ることができます。

著者らは、 最近の総説で水素がミトコンドリアの酸化障害を改善することが慢性炎症疾患の原因の一つである炎症性サイトカイン(注3

)の遊離に至る細胞内の「一連の反応」の抑制に繋がり、 その結果として水素が慢性炎症疾患の予防効果(未病)や治療効果を示す可能性を報告しました。

文献解析の方法と結果

著者らは医学論文のデータベースを使い水素水または水素ガスの疲労改善効果を報告した文献調査を行い、 12報の論文を解析しました。

その中には急性または慢性の運動負荷を与えたマウス、 ラットまたは競走馬に対する水素の疲労改善効果が報告されていました 。 また、

同様に急性または慢性の運動負荷を与えた健常人に対する水素の疲労改善効果はスポーツ医学の分野で詳細に検討され、 多くの文献が報告されていました。

著者らは動物モデルおよびヒト臨床試験における具体的な水素の抗疲労効果についてその概要を報告すると同時にそのメカニズムについても考察を行いました。

その結果、 水素による運動能力の向上と抗疲労効果には、 主として水素が持つ抗酸化作用や抗炎症作用が関与している可能性が示唆されました。 また、

今回解析した文献だけでなく水素のメカニズムを報告した文献や著者らのこれまでに研究成果から総合的な考察を行うと、 水素による運動能力の向上と抗疲労効果には、

ミトコンドリアで生成されたヒドロキシルラジカルに対する直接的な消去作用の他に、

間接作用として遺伝子発現の制御を介した抗酸化作用や抗炎症作用が関与している可能性も考えられました。

ME/CFSの患者さんに対する水素の可能性

このプレスリリースは主としてメディアの科学部の方を対象としていますので、 一般の方は以下の内容は専門的で理解できないかも知れません。

難解とお感じになった一般の方はこの章のみ読み飛ばしていただいても問題ありません。

ME/CFS患者さんの筋肉や白血球におけるミトコンドリアの構造を調べた結果、 ミトコンドリアの構造異常が認められることが報告されています。 また、

ミトコンドリアの機能障害に関する報告としては、 単糖、 脂肪酸、 アミノ酸からのエネルギー産生経路に異常があることが報告されています。 ATPの合成に関しては、

ME/CFSの患者さんの白血球でATP合成の増加とATP合成の減少の矛盾した報告がありますが、

脳脊髄液中の乳酸の増加は酸化的リン酸化の障害とその結果生じる嫌気代謝の増加を示しています。 さらに、

ME/CFSの患者さんではNAD(P)HやコエンザイムQ10の減少も認められています。

ME/CFSの患者さんの白血球細胞では、 静止時と活性化時の両方でミトコンドリアの膜電位が低下していることを報告されています。 また、

同患者さんの白血球細胞では、 安静時の解糖が損なわれ、

さらに活性化に関連した代謝の再構築障害とミトコンドリアの膜電位の低下がみられたことも別の文献で報告されています。 さらに、

ME/CFSの患者さんではミトコンドリアで生成された活性酸素がNLRP3(注4)の活性化を誘発し、

遊離された炎症性サイトカインが炎症を惹起する可能性も文献で報告されています。 これらの知見は、 ME/CFSの患者さんにおいて、

水素がミトコンドリアで生成されたヒドロキシルラジカルを直接的に消去し、 ミトコンドリアの機能障害を保護する可能性を示しています。 そして、

この保護効果がME/CFSの患者さんにおいて、

NLRP3の活性化から炎症性サイトカインの遊離に至る「一連の反応」における慢性炎症反応の抑制に結びつく仮説を著者らは今回の論文で提唱しました(図1)。

図1 水素がME CFS患者のミトコンドリア機能障害を改善するメカニズム仮説

図1 水素がME CFS患者のミトコンドリア機能障害を改善するメカニズム仮説

ME/CFSに対する水素の将来展望

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は呼吸器系、 消化器系、 血管系の様々な症状を引き起こすウイルス感染症です。

COVID-19の急性期症状は2~3週間以内に収まりますが、 患者さんの一部は回復期が長引き、 初感染から数カ月後にも「後遺症」が続く場合があります。

この「後遺症」として、 疲労、 呼吸困難、 筋肉痛、 運動不耐性、 睡眠障害、 集中力低下、 不安、 発熱、 頭痛、 倦怠感など、

様々な慢性症状が報告されています。 この「後遺症」は専門的にはlong COVIDまたはpost COVIDと表現され、

ME/CFSに見られる症状と類似しています。 しかし、 long COVIDとME/CFSには共通点があるものの、

現在のところCOVID-19がME/CFSの引き金となることの確証は得られていません。 最近、 水素ガスの2週間の吸入が50人のlong

COVID患者さんの急性期の身体機能や呼吸機能を改善した臨床試験の結果が報告され、 水素ガスはlong COVIDに効果を示すことが確認されました。

将来の更なる研究が必要ですが、 もしlong COVIDがME/CFSと類似のメカニズムで発症すると仮定したら、 水素ガスの吸入がlong

COVIDを含むME/CFSの患者さんに有効性を示す可能性があります。

実際、

著者らはこれまで様々な治療を受けたが効果が認められなかった4人のME/CFS患者さんに水素ガスの吸入を8~20週間行ったところ顕著な改善効果が確認された症例を持っています。

この結果は今回の総説論文とは別に症例報告論文として海外の雑誌で査読中です。

この症例により著者らのME/CFSに対する水素の有効性に関する仮説が実証されたことになります。

論文

英文タイトル: Molecular Hydrogen as a Medical Gas for the Treatment of Myalgic

Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome (ME/CFS): Possible Efficacy Based on

a Literature Review.

タイトル和訳: 筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の治療のための医療ガスとしての水素分子:文献レビューに基づく有効性の可能性

著者名:平野伸一1、 市川祐介1,2、 佐藤文平1,2、 武藤佳恭3,4、 佐藤文武1,2

所属: 1 MiZ株式会社、 2 MiZ Inc, USA、 3 慶應義塾大学、 4 武蔵野大学・データサイエンス学部

掲載誌:Frontiers in Neurology, 13: 841310

論文URL:

https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fneur.2022.841310/full

[用語解説]

注1(ミトコンドリア): 真核生物の細胞小器官である。 二重の生体膜からなり、 独自のDNA を持ち、 分裂および増殖する。

ミトコンドリアDNAはATP合成(エネルギー合成)以外 の生命現象にも関与する他、 酸素呼吸の場として知られている。

注2(活性酸素および活性窒素): 酸素または窒素が反応性の高い化合物に変化したものをそれぞれ活性酸素または活性窒素と呼ぶ。

活性酸素または活性窒素の中でも酸化力が非常に強く細胞障害を起こす分子にそれぞれヒドロキシルラジカルおよびペルオキシナイトライトがある。

注3(炎症性サイトカイン):サイトカインとは主に免疫細胞から分泌される蛋白質で、 細胞間 の情報伝達を担っている物質である。

サイトカインの中でも炎症症状を引き起こすものを炎症性サイトカインと呼ぶ。

慢性炎症疾患を起こす代表的なサイトカインにはインターロイキン(IL)-1βおよびIL-18がある。

注4(NLRP3):複数のタンパク質からなる複合体で、 細胞質内の異物(病原微生 物成分や尿酸結晶など)を宿主細胞に対する危険シグナルとして認識し、 細胞内の

シグナル伝達を介して炎症性サイトカインの遊離を行い、 炎症反応の誘導や進展に 重要な役割を果たす物質をインフラマソームと呼ぶ。

インフラマソームの中でも特にNLRP3は慢性炎症の誘発に重要な役割を示す。