知られざる川端康成のBL作品『少年』が、発売からわずか7日で重版決定。

旧制中学の寄宿舎で、川端が熱烈に愛した「少年」とは。 川端康成『少年』が、 発売後7日で重版が決まるという異例の売行きをみせています。

『少年』は川端康成没後50年にあたる4月を期に新潮文庫より刊行されました。 今作は、 これまで全集でしか読めなかった、 貴重で珍しい作品。 1冊の本になるのは、

目黒書店より単行本が刊行された1951年以来、 70年ぶりのことです。

旧制中学の寄宿舎で、 川端が愛した〈美しい後輩の少年〉。 ひそやかな二人の特別な関係とは。

互いにうなじも唇もゆるしあっていた二人の間に起きた出来事と、 痛切な別れ……。 本作を執筆するまで封印していた青春の蹉跌とは。

『伊豆の踊子』につながる川端文学の原点に〈BL〉があったとは――。

購買層の特徴として、 BLファンの方からの圧倒的な注目があります。 発売の発表と同時にSNS上では「あの幻の小説が文庫になるとは」、 「待ち遠しい」、

「とっくに予約済」と大反響。 予約注文も殺到したため発売直後の重版に繋がりました。

1968年にノーベル文学賞を受賞、 72年に突然の自死を遂げた川端康成。

日本を代表する文豪が、 少年時代、 〈ヤングケアラー〉ともいえる悲惨な暮らしをしていたことは、 あまり知られていません。

大阪市天満此花町に生まれた川端康成は、 幼くして父母を亡くし、 七歳にして祖父と二人で暮らすようになります。 家計は貧しく、 大坂府立茨城中三年生の時は、

学校から帰ると病中の祖父を介護し、 世話をする日々。 尿瓶の底に響く小水の音を「谷川の清水の音」と表現した感性の持ち主でしたが、 客観的にみれば、

まさしく「ヤングケアラー」の典型でした。 介護の甲斐もなく祖父が死ぬと、 文字通り独りになった川端は16歳にして中学の寄宿舎に入り、

卒業までここで過ごすことになります。

十代の川端が、 孤独と屈折を抱えていたことは想像にかたくありません。 そんな川端の前に現れたのが、 同室の美しい後輩「清野少年」でした。

川端は二人の関係を赤裸々に書いています。

――お前の指を、 手を、 腕を、 胸を、 頬を、 瞼を、 舌を、 歯を、 脚を愛着した。

――床に入って、 清野の温い腕を取り、 胸を抱き、 うなじを擁する。 清野も夢現のように私の頸を強く抱いて自分の顔の上にのせる。

私の頬が彼の頬に重みをかけたり、 私の渇いた脣が彼の額やまぶたに落ちている」(以上本文より)

うなじも唇もゆるしあっていた川端と少年。

しかしある出来事をきっかけに、 少年と会うことを完全に止めてしまいます。 川端22歳の夏、 京都嵯峨での事でした。 唐突な別れの裏に何があったのか。

川端が「妬み」と書いたのはなぜなのか……。

川端は作中で、 自分の心を次のように吐露しています。

――幼少から、 世間並みではなく、 不幸に不自然に育って来た私は、 そのためにかたくななゆがんだ人間になって、 いじけた心を小さな殻に閉じ籠らせていると信じ、

それを苦に病んでいた。 人の好意を、 こんな人間の私に対してもと、 一入ありがたく感じて来た。 そうして、 自分の心を畸形と思うのが、

反って私をその畸形から逃れにくくもしていたようである。

自分の心を「畸形」と書く、 痛ましく淋しい自己認識。 さらに、 「清野少年と暮した一年間は、 一つの救いであった。

私の精神の途上の一つの救いであった」とも書いています。

ではなぜ、 あれほど愛した少年との交流を絶ったのか。 川端の孤独な魂にとって「少年」とはなんだったのか。 そしてなぜ後年、 50歳になった時に、

本作『少年』を書くことにしたのか――。

作家の精神の謎は容易に解けるものではありません。 しかし、 50年前の自死の謎を考える手がかりが本書にあるとしたら、

まぎれもなく〈BL文学〉の名編といえるのです。

■購買層の特徴

発売前の反響からも、 BLファンの女性読者に手に取られていると分析できます。 先ず、 読者全体の3分の1を30~40代の女性が占めています。 また、

読者が併買した書籍として、 よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社)の最新刊や、 萩尾望都『ポーの一族 秘密の花園』(小学館)等が上位にランクイン。

比較として、 同じく川端の『古都』のデータを見ると、 上位を占めるのは他の川端作品や、 三島由紀夫等が大半。

手に取っている読者の傾向から見ても『少年』の売れ方は異例と言えます。

■著者紹介:川端康成(1899-1972)

1899(明治32)年、 大阪生れ。 東京帝国大学国文学科卒業。 一高時代の1918(大正7)年の秋に初めて伊豆へ旅行。 以降約10年間にわたり、

毎年伊豆湯ケ島に長期滞在する。 菊池寛の了解を得て1921年、 第六次「新思潮」を発刊。 新感覚派作家として独自の文学を貫いた。

1968(昭和43)年ノーベル文学賞受賞。 1972年4月16日、 逗子の仕事部屋で自死。

著書に『伊豆の踊子』『雪国』『古都』『山の音』『眠れる美女』など多数。

■『少年』内容紹介

お前の指を、 腕を、 舌を、 愛着した。 僕はお前に恋していた――。 相手は旧制中学の美しい後輩、 清野少年。 寄宿舎での特別な関係と青春の懊悩を、

五十歳の川端は追想し書き進めていく。 互いにゆるしあった胸や唇、 震えるような時間、 唐突に訪れた京都嵯峨の別れ。

自分の心を「畸形」と思っていた著者がかけがえのない日々を綴り、 人生の愛惜と寂寞が滲む。 川端文学の原点に触れる知られざる名編。

■書籍データ

【タイトル】少年

【著者名】川端康成

【発売日】2022年3月28日

【造本】文庫版(192ページ)

【本体価格】539円(税込)

【ISBN】978-410-100106-7

【URL】

https://www.shinchosha.co.jp/book/100106/