日本女性における不妊治療開始後の離職に影響する要因を明らかに

不妊治療と就労の両立支援に資する、世界初の疫学研究 ~ 順天堂大学医学部公衆衛生学講座の今井雄也 大学院生、 遠藤源樹 准教授、 谷川武

教授と産婦人科学講座の黒田恵司 非常勤講師、 田中温 客員教授、 佐藤雄一 非常勤講師、 板倉敦夫 教授、 竹田省 特任教授らの共同研究グループ( J-FEMA

Study : Japan-Female Employment and Mental health in Assisted reproductive

technology)は、 全国の不妊治療*1、 2専門の医療機関の外来を受診した女性を対象とした、

不妊治療と就労の両立に関する世界初の大規模疫学研究を実施した結果、 不妊治療開始後の日本女性の約6人に1人が離職し、 「非正規の社員」

「職場でのサポートがない」 「不妊期間が2年以上」 「学歴が大学未満」が離職のリスクファクターであることが明らかになりました。 本研究結果は、

不妊治療と就労の両立支援、 少子化対策・女性活躍の施策に資することが期待されます。 本研究は、 産業医学の学術誌「Occupational and

Environmental Medicine」に掲載されました。 本研究成果のポイント * 不妊治療と就労の両立支援に関する、 世界初の大規模疫学研究であること

* 不妊治療開始後の日本女性の離職率は16.7%

*

不妊治療開始後の離職のリスクファクターは「非正規の社員」「職場でのサポートがない」等

* 不妊治療と就労の両立支援には職場における働き方改革が重要

背景

晩婚化および晩産化が進む中で、 我が国の出生数は年々減少し(2018年は約92万人、 2019年は約86万人)危機的状況にあります。

女性の卵巣機能は年齢とともに低下する中、 仕事を続けながら不妊治療を行っている女性が増加しており、 不妊治療と就労の両立は極めて重要な課題です。

生殖補助医療(ART:artificial reproductive technology)による不妊治療は、 排卵誘発剤による卵巣刺激、 卵子を採取する採卵、

体腔外で卵子と精子の受精を行う体外受精、 培養後の受精卵(胚)を子宮内に移植する胚移植などを含み、 個々の月経周期に合わせた頻繁な通院が必要です。 そのため、

仕事をしている女性が不妊治療を行う上で、 就労の継続が困難になる場合もあることが予想されます。 実際、 職場の理解が得られず、

依願退職や解雇される勤労者も少なくありません。 そこで本研究では、 不妊治療と就労の両立を妨げている要因を明らかにすることを目的に、

全国の不妊治療専門の医療機関の外来を受診した女性(1,727人)を対象として世界初の大規模疫学研究を実施しました。

内容

今回、 順天堂大学の研究グループは、 全国の不妊治療を専門とする複数の医療機関との共同研究班J-FEMA Studyを立ち上げ、

2018年8月から全国の不妊治療専門の医療機関の外来で「不妊治療と就労の両立支援」に関する大規模疫学研究を開始しました(J-FEMA Study第I期*3)。

調査項目は、 年齢、 婚姻状況、 学歴、 運動、 メンタルヘルス、 睡眠、 喫煙・飲酒、 既往・現病歴、 家族歴、 不妊治療歴・妊娠歴、 不妊治療への支出額、

不妊治療助成金の利用状況、 女性と男性パートナーの就労実態等について得られた1,727人の質問票の回答を分析し、 不妊治療と就労の両立の課題を抽出しました。

その結果、 不妊治療開始時に就労していた1,075人の女性のうち、

不妊治療開始後に179人(16.7%:6人のうち1人の割合)が離職していることが明らかになりました。 さらに、

離職に影響を与える要因の分析では「非正規の社員の方が、 正社員に比べて離職のリスクが2.65倍高い」「不妊治療に関する職場からのサポートがない女性の方が、

離職のリスクが1.91倍高い」「大卒未満の女性の方が、 大卒以上の女性に比べて、 離職のリスクが1.58倍高い」「不妊期間が2年以上の女性の方が、

2年未満の女性に比べて、 離職のリスクが1.82倍高い」ことが示唆されました(図)。

今後の展開『不妊治療と就労の両立のために』

不妊治療と就労の両立のためには、 職場での不妊治療中の社員へのサポートが重要です。 不妊治療は、 女性の月経周期やホルモンの値、

卵子の発育状況に合わせた頻繁な通院が必要であるため、 就労中の女性が突発的に仕事を休まざるを得なくなるのが実情です(J-FEMA Study第I期の調査では、

58.3%の人が月に1~2日以上の突発的な休みをしていたことが明らかになりました)。

本研究により、

「不妊期間が2年以上であること」「非正規労働者」「職場でのサポートが不足していること」が離職のリスクファクターであることが明らかになったことから、

不妊治療に関する助成金の増加だけでなく、 不妊治療休暇制度やフレックスタイム制度など、 期間限定で不妊治療中の社員をサポートできるような、

職場における働き方改革(例:不妊治療社員用就業規則の導入等)が重要です。

不妊治療・妊孕性に関する教育を学校や職場での不妊治療・妊娠に関する健康教育として行うことが極めて重要です。

10代・20代に不妊治療・妊娠に関するリテラシーを高めることで、 妊娠可能年齢の男女が仕事・キャリアを含めた生涯設計をする際の一助となります。

現在、 J-FEMA Studyは、 不妊治療とメンタルヘルス不調・睡眠・職場でのハラスメント等との関連の研究などを進め、

不妊治療と就労の両立支援に資するエビデンスを順天堂大学から続けて発信していく予定です。

不妊治療開始後の離職因子OR:多変量オッズ比(95%信頼区間)

* 非正規の社員の方が、 正社員に比べて離職のリスクが2.65倍高い

* 不妊治療に関する職場からのサポートがない女性の方が、 離職のリスクが1.91倍高い

* 大卒未満の女性の方が、 大卒以上の女性に比べて、 離職のリスクが1.58倍高い

* 不妊期間が2年以上の女性の方が、 2年未満の女性に比べて、 離職のリスクが1.82倍である

図1:本論文の研究結果

J-FEMA Studyにより日本女性の不妊治療開始後の離職率は16.7% (6人のうち1人の割合)であることが明らかになりました。 また、

不妊治療開始後の離職因子として「非正規の社員」「職場でのサポートがない」「大卒未満」「不妊期間が2年以上」であることが示唆されました。

用語解説

*1 不妊: 不妊(症)は、 「生殖年齢の男女が妊娠を希望し、 ある一定期間、 避妊することなく通常の性交

を継続的に行っているにもかかわらず,妊娠の成立をみない場合」と定義され、

その一定期間については1年が一般的である(妊娠のために医学的介入が必要な場合は期間を問わない)(日本産科婦人科学会 2015年)。

女性は加齢とともに妊娠率が低下(卵子数の減少と質の低下)し、 流産率が増加することが知られている(日本生殖医学会)。

*2 不妊治療: 不妊治療は、 不妊スクリーニング検査の後に、 1.タイミング法、 2.配偶者間人工授精(AIH:Artificial Insemination

with Husband’s semen)、 3.生殖補助医療(ART:artificial reproductive

technology)が個々の患者さんの不妊原因や希望等に基づいて実施される。

*3 J-FEMA Study第I期(J-FEMA Study第I期のその他の主な研究結果):

・不妊治療クリニック受診中の女性の68.6%(約7割)が就労していた

・不妊治療中の女性の58.3%が突発休(治療に合わせた通院が必要)

・職場へのカミングアウト率:60.0%(5人中2人は職場に不妊治療中であることを伝えていない)

・職場での不妊治療に関するハラスメント率:8.4%

・不妊治療と就労の両立は困難であると感じている女性:83.0%

原著論文

本研究は、 英国の医学雑誌「Occupational and Environmental Medicine」に2020年12月3日付で掲載されました。

英文タイトル:Risk Factors for Resignation from Work after Starting Infertility

Treatment among Japanese Women: Japan-Female Employment and Mental health in

Assisted reproductive technology (J-FEMA) Study

日本語訳:日本人女性における、 不妊治療開始後の離職のリスクファクター: J-FEMAスタディ

著者:Yuya Imai(今井雄也)1, Motoki Endo(遠藤源樹)1, Keiji Kuroda(黒田恵司)2, 3, Kiyohide

Tomooka1, Yuko Ikemoto2, Setsuko Sato1, Kiyomi Mitsui4, Yuito Ueda1, Gautam A

Deshpande5, Atsushi Tanaka(田中温)6, Rikikazu Sugiyama(杉山力一)3, Koji Nakagawa3,

Yuichi Sato(佐藤雄一)7, Yasushi Kuribayashi3, Atsuo Itakura(板倉敦夫)2, Satoru

Takeda(竹田省)2, Takeshi Tanigawa(谷川武)1

所属: 1 順天堂大学公衆衛生学講座、 2 順天堂大学産婦人科学講座、 3 杉山産婦人科、 4 昭和大学公衆衛生学講座、 5 順天堂大学総合診療科、 6

セントマザー産婦人科、 7 高崎ARTクリニック

DOI: 10.1136/oemed-2020-106745

本研究はJSPS科研費(「不妊治療と就労の両立に関する研究(研究代表者:遠藤源樹)」:JP18K17395)により実施されました。